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名古屋高等裁判所 昭和30年(ネ)150号 判決 1956年7月20日

控訴人 山田仙一郎

被控訴人 平野静子

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は原判決を取消す、被控訴人は別紙<省略>目録記載の建物の所有名義を控訴人に移転するの登記手続をせよ、被控訴人は別紙目録記載の建物を諸色一式附の侭で控訴人に明渡せ、訴訟費用は、第一、二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述は左記の外原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

控訴代理人の陳述、

一、仮に被控訴人主張の如く被控訴人が控訴人から妾契約の報酬として本件家屋の贈与を受けたものであつたとしても此のような主張は自己が公序良俗に反する行為をしたという事実の主張に外ならないから法の保護しないものである。

二、昭和二十九年の初頃から被控訴人は控訴人に向つて「本件建物は控訴人の所有名義であり且その控訴人が此の家に出入しているので近所の人や御客さんは被控訴人は控訴人の妾だと思う、従つて御客も少くなる、だから妾でないことを証明したいから登記名義を被控訴人にしてくれ、その代り、さきに借りた十万円と家の代金四十万円は昭和二十九年六月末日限り支払う、其の期日迄に支払出来なかつたらこの家はその侭又控訴人に移すから」と頼んだので控訴人は其の通りにした、従つて此の時即ち昭和二十九年二月二日に本件建物の売買は成立し代金支払は昭和二十九年六月末日限りという契約内容である。

被控訴代理人の陳述、

被控訴人は本件家屋を控訴人から妾契約の報酬として贈与を受けたものではなく又其のように主張するものでもない。

<証拠省略>

理由

控訴人は本件家屋は控訴人が被控訴人に売渡し被控訴人は其の売買代金四十万円及借用金十万円を支払わないから右支払不履行の場合における契約解除権の特約により右売買契約を解除したと主張するのに対し被控訴人は本件家屋は控訴人が被控訴人に買与えたものであると争うので案ずるに成立に争なき甲第二号証登記簿謄本によれば昭和二十九年二月二日控訴人が本件建物を被控訴人に売渡した旨の記載があるけれども原審証人宮治順の証言、原審及当審における控訴本人訊問の結果によれば右建物は控訴人が被控訴人に売渡したものではないことが認められ且右甲第二号証、原審証人宮治順、平野つね、平野花子の各証言、原審及当審における被控訴本人訊問の結果によれば被控訴人は昭和二十七年十月頃から控訴人と情交関係があつて控訴人の世話を受けていたところ、控訴人は被控訴人に飲食店を経営させるために昭和二十八年十月頃本件家屋を訴外宮治順から買つて之を被控訴人に贈与したのであるが其の所有権移転登記を被控訴人の予期に反して控訴人名義にして置いた侭であつた為め被控訴人から被控訴人名義にするようにと請求されて昭和二十九年二月五日売買を原因とする被控訴人への所有権移転登記をしたことが認められる、そして甲第一号証は昭和二十八年十二月二十九日の日附の契約書であつて家屋譲渡代金四十万円、登記料、改造費、商品購入資金十万円合計五十万円の立替金について被控訴人は昭和二十九年六月末日迄に之を現金で控訴人に支払うか、本件家屋を控訴人に譲渡するかして返済する旨の記載があるけれども、前記証人平野つね、平野花子の各証言、原審及当審における被控訴本人訊問の結果並びに同訊問の結果によつて成立を認むべき乙第一号証の存在を綜合すれば右甲第一号証の契約書は其の日附の当時作成されたものではなく昭和二十九年六月頃控訴人が被控訴人の経営の飲食業の不振から下宿業に転向するにつき更に貸間に向く建物を買つてやるからそのため必要がありと申向け被控訴人に白紙に署名捺印せしめたものに控訴人が擅に右の如き内容を記載したものであつて控訴人の主張を支持しうべき資料となし難いものであり又控訴人の主張に副うが如き原審及当審における控訴本人訊問の結果、当審証人山田菊春の証言は前記の証拠と対比して措信し難く甲第三、四号証、当審証人林宇三郎の証言も右認定を左右するに足らず、その他前示各認定を覆す程の証拠はない。

控訴人は仮に本件家屋を被控訴人が控訴人から贈与を受けたとしても右贈与契約は公序良俗に反すると主張するも被控訴人が控訴人から本件家屋の贈与を受けるに際し情交関係にあつたことがその動機となつていたことは否み得ないが特に将来妾関係を維持継続することをその贈与契約の内容とし或は契約上の条件としていることは何等之を認むべきものがないから右贈与契約を以て直に公序良俗に反する無効のものであるとは認め難い。

以上の如く本件建物は控訴人が被控訴人に贈与したものであつて控訴人主張の如き売買契約並びにその契約解除の特約は認められないのであるから控訴人の本訴請求は失当であつて之を棄却すべきである。

されば原審が控訴人の本訴請求を排斥したのは正当であるから本件控訴を棄却すべく民事訴訟法第三百八十四条、第九十五条、第八十九条に従い主文の如く判決する。

(裁判官 山田市平 県宏 小沢三朗)

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